【Enthalpy】B3LYP での計算誤差について【Underestimation】

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B3LYP は非常に広く用いられている汎関数ですが、適用する系によっては問題点が生じることも多く報告されています。また、その問題点を解決するための汎関数も多く開発されています。

mPW1PW91 は B3LYP の物理的妥当性を高めるために PW91 交換・相関汎関数に基づいて作り直された汎関数です。B3LYP では 20 % であった HF 交換積分の混合率が、mPW1PW91 では 25% になっています。。。

 

この説明を読んでも、ほとんどの人は実際に計算結果にどの程度の影響を及ぼすかというのはわからないと思います。そこで、実際の例ではどうなっているかというのを今回少しだけ紹介したいと思います。

今回紹介する論文は、米国 Rice 大学の Seiichi P.T. Matsuda らによるオキシドスクアレンからトリテルペンへの環化反応についての計算です。

“Mechanistic insights into triterpene synthesis from quantum mechanical calculations. Detection of systematic errors in B3LYP cyclization energies” S.P.T. Matsuda, W. K. Wilson, Q. Xiong, Org. Biomol. Chem. 2006, 4, 530–543. DOI: 10.1039/b513599k

トリテルペンの環化は二重結合の \pi 結合が \sigma 結合へと変換されていく反応であるため、その変換により生じた熱が放出されるとても大きな発熱反応です。

この論文中で彼らは、B3LYP/6-311+G(2d,p)//B3LYP/6-31G* で計算を行うと計算値と実験値に大きな誤差が見られることを報告しています。非常に大きなエネルギーの放出を伴う exothermic な反応では、B3LYP で計算すると実験値との誤差が大きいようです。

種々の計算手法と比較したところ、mPW1PW91/6-311+G(2d,p)//B3LYP/6-31G* が最適であると彼らは結論づけました。以下、その検討過程について少し書きます。

検討方法

トリテルペンの実験的な発熱量と計算によって得られた値との比較を行うことができれば、どの汎関数がより正確か比較することができます。しかしながら、トリテルペンの発熱量の実験データはありませんでしたので、実験データの存在する C_{10}H_{18} の炭化水素化合物との比較により汎関数のベンチマークを作成しました。

詳しくは参考文献の Table 1 を見てもらいたいのですが、mPW1PW91TPSShB3P86MMXMM3 が比較的誤差の小さい結果を示しております。一方で B3LYP の誤差は非常に大きいです。余談ですが、このような表を見て分かる通り DFT 計算は用いる汎関数や基底関数によって値が変動します。不斉合成などの ee を DFT 計算で裏付けているような発表を見ると、大丈夫か?と思ってしまいます。

基底関数の大きさと HF 交換積分の割合

話が少し逸れましたが、この Table 1 のベンチマークから示唆されたことは 計算値の正確性は基底関数の大きさや HF 交換積分の割合と相関しているということです(上述の TPSSh も HF 交換積分の混合率は 25 % です)。基底関数系が大きくなればなるほど、HF 交換積分の混合率が小さくなればなるほど、環化反応のエネルギーの値は positive になるようです。(参考文献 Table 1 の B3LYPMPW1KmPW1PW916-31G* 6-311+G(2d,p) の結果をそれぞれ見比べると良くわかると思います。”positive” というのは絶対値のことを指しているだけで誤差のことを指しているわけではありません。)

6-31G* のような小さめな基底関数系を使った場合、環化反応の exothermicity を過小評価してしまう B3LYP のような汎関数と組み合わせると、うまい具合に相殺されてエラーが小さくなるようです。しかし、一点計算で基底関数系を大きくすると誤差は大きくなります。

一方、環化反応の exothermicity を過大評価してしまう汎関数 (MPW1K など) と組み合わせるとエラーがより大きくなります。しかし、一点計算で基底関数系を大きくすると誤差は小さくなります。

B3LYP のエラーは気付かれにくい

B3LYP は非常によく用いられている計算手法です。今回の記事で紹介したように問題点も存在するのですが、それらは幾つかの理由によってあまり認識されていません。

一般的に ab initio 分子軌道法は基底関数系のレベルを上げると計算精度もよくなる傾向がありますが、DFT 計算は必ずしもそうではありません。

上述したように低いレベルで計算した場合にエラーが相殺されて小さくなるということが DFT 計算にはあります。B3LYP ではエンタルピーの過小評価がおきますが、この誤差は一点計算や thermal energy correction が行われない時に少し軽減されます。そのためあまりエラーが顕在化せず認識されにくいのです。

B3LYP のエラーは小さな分子系ではまだ小さいようです。しかし、トリテルペンのように多環性化合物の反応になってしまうと大きくなってしまうようです。また、C=C 結合や C=O 結合を 2 つの単結合へと変換する反応などでも誤差が大きくなるようです。

構造最適化の甘さ

以前の記事:汎関数の選び方 にも少し書きましたが、計算化学で得られた構造を CCSD のような高い計算レベルで得られた構造や X 線結晶構造と比較することは、初期の検討において重要です。

超共役で伸びた C–C 結合は、B3LYP/6-31G* で計算すると MP4CCSD での結果に比べて長く見積もられてしまうようです。また、生成物である Lupeol の結晶構造と B3LYPAM1mPW1PW91MPW1K6-31G* レベルでの計算結果を比較すると B3LYP がもっとも誤差が大きいようでした。(ちなみに、生成物ではなく中間体の構造を比較した場合、AM1 は超共役で伸びた C–C 結合を全く正しく見積もれていません。)

結論としては、B3LYP で計算した構造を CCSD で計算した構造や X 線結晶構造で得られた構造と比較するとだいぶ “loose” なようです。しかし、上述したようなエネルギー誤差の全てがこの構造の甘さによるものではないため、B3LYP で得られた構造は mPW1PW91 で一点計算すれば許容範囲内ということだそうです。

(注)B3LYP で得られた構造を mPW1PW91 で一点計算すれば正しい値が得られるのか?と言われると、それは反応系に依存するとしか答えられません。今回の論文のようなオレフィン環化反応だったら有効だと思いますが、その他の系ではまた汎関数の検討を行わなくてはいけません。

参考Diels-Alder 反応に最適な汎関数はどれ?

終わりに

汎関数の検討を行わず、無条件に B3LYP 一択で計算している方がいましたら、このような汎関数・基底関数の検討をしている論文にもたまには目を通してみるのも良いかもしれません。また、一点計算する際はただ基底関数のレベルをあげるだけでなく、汎関数の種類にも気を使ってみるべきかもしれません。もし自分の研究で DFT 計算を使っているのであれば、数種類の汎関数・基底関数系を検討してみるのも良いかもしれませんね!

Gaussian や Gauss View の進歩により誰でも簡単に計算化学ができる時代になりましたが、その計算結果が適切であるかどうかをきちんと考察できる人は少ないと思います。コンピューターは、input が与えられれば、たとえそれが適切ではない計算レベルであったとしても、何かしらの output を出します。

実験の片手間に B3LYP で “とりあえず” の計算を投げることはできるかもしれませんが、きちんとした結果を出すにはじっくりと集中して計算に取り組むことが必要なのではないかと思います。この辺が計算を専門にやっている研究者と片手間にやっている研究者の間にある違いの一つではないかと思います。

 

管理人は専門家ではなく素人ですので、もし記事内容に誤り等がございましたら、コメント欄またはメールにて教えていただければ幸いです。

参考文献

  1. “Mechanistic insights into triterpene synthesis from quantum mechanical calculations. Detection of systematic errors in B3LYP cyclization energies” S.P.T. Matsuda, W. K. Wilson, Q. Xiong, Org. Biomol. Chem. 2006, 4, 530–543. DOI: 10.1039/b513599k

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