計算化学を用いた天然物の構造訂正

多種多様な構造で我々を魅了してくれる天然物化合物。医薬品シードとしても有用なこれらの有機化合物の単離構造決定は世界中で盛んに行われています。

しかし、その構造の複雑さ・特殊さから構造を決めることが困難な場合も多数あります。

近年、計算化学の進歩に伴いスペクトル計算の精度が格段に向上しました。この手法を用いた天然物化合物の構造決定はもちろんのこと、過去に報告された誤った構造を訂正することもしばしば行われています。

最近、構造訂正に関する総説が出ましたので、簡単に紹介したいと思います。

“Recent trends in the structural revision of natural products”
Bhuwan Khatri Chhetri, Serge Lavoie, Anne Marie Sweeney-Jones and Julia Kubanek
Nat. Prod. Rep. in press. DOI: 10.1039/c8np00011e

概要

本論文には、天然物の構造訂正に関する最近の報告がまとめられています。元々報告されていた構造と訂正された構造の比較から、各構造が改訂の対象とされた理由、改訂された構造の提案につながった技術や重要な相違について議論し、エラーを防ぐための構造決定についても論じています。改訂された構造をもとに、元の提案の弱点を評価し、構造決定の背後にある論理をよりよく理解することを目的としている総説です。2012 – 2017 年の間に報告された 23 の構造訂正が取り上げられています。

内容

医薬品の構造には天然物由来のものも多くあります。TIC 10 の例にみられるように、もしも元の天然物の構造が誤っていると大変なことが起きてしまいます(詳しくは参考文献 1 を参照)。そのため、天然物の構造を正しく決定することは現在でも重要な課題であると言えます。

昔は、誘導体化や官能基を特定するために反応を行ったり合成化学に基づいた構造決定方法に頼る部分が大きかったです。1920 年代以降 X 線結晶構造解析が進歩しました。そして、1960 年代以降 NMR が飛躍的に進歩し、今や構造決定に欠かすことのできない手法となっています。かつては、様々な手法を組み合わせたアートとも言えた構造決定も、今ではルーティンワークになっています。

NMR 計算による構造訂正や CD スペクトルの計算に基づく構造訂正、結晶スポンジを用いた構造訂正など種々のトピックがまとめられています。NMR 計算による構造訂正では、Aldingenins A–D, Decurrensides A–E, Tristichone, Glabramycins B, C, Synargentolide A, Cordycepol A, Meridane, Brassicicenes, Type C polycyclic polyprenylated acylphloroglucinols などの天然物が取り上げられています。

構造の間違いと言っても様々な種類があります。

SynargentolideCordycepol のように立体化学が間違っているだけの簡単な間違いから、

Brassicicenes のように基本骨格自体が間違ってしまっているもの、

Aldingenins のように基本骨格も間違っているし、元素も間違っているもの。。。

これらの間違いは MS と NMR だけで全てを決めようとするところに問題があるのかもしれません。計算化学や結晶スポンジなど他の手法も並行して進めることで間違いが起こりにくくなるのかもしれません。

注意点

NMR や UV の計算はとても手軽に行えるものですが、計算結果をそのまま使えるわけではありません。様々な論文で報告されているスケーリングファクターを用いて、計算結果を修正する必要があります。

記事中に間違い等ある場合は、コメント欄、twitter またはメールにてお知らせいただけると幸いです。

参考文献

臨床試験の化合物の化学構造が誤っていた

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