化学反応でのトンネル効果の影響

“トンネル効果” と聞くと、量子力学的現象であって、有機化学反応とは関係ないと思われるかもしれません。

確かに化学や生物の教科書ではあまり目にしないかもしれませんが、トンネル効果が大きく関わっている反応も知られています。しかし、1980 年代に Carpenter が次のように述べていることからもわかるように、懐疑的な化学者も多いようです。

It is probably fair to say that many organic chemists view the concept of tunneling, even of hydrogen atoms, with some skepticism.

そんなトンネル効果についての Perspective が JACS に出ていましたので、かんたんに紹介します。

“Tunneling Control of Chemical Reactions: The Third Reactivity Paradigm”
Peter R. Schreiner J. Am. Chem. Soc. in press. 2017. DOI: 10.1021/jacs.7b06035

概要

今回の Perspective では、化学における新しい反応パラダイムとしての tunneling control について語らています。tunneling reaction は、エネルギー的に高いが幅の狭いポテンシャルエネルギー障壁を通過する反応を指し、トンネル効果なしに PES 曲面に沿って反応が進行した場合に不利とされる生成物を与えます。この反応性パラダイムは、2つ以上の可能な生成物のうちのどれが得られる可能性が高いかを決定する因子として、熱力学的および速度論的制御とともに考慮されるべきもの一つです。tunneling control は、容易な(そして恐らく認識されない)トンネル効果を受ける様々な反応の深く詳細な理解を助ける概念であると考えられます。

内容

ある中間体から二つの生成物に至る反応経路が予想される場合、どちらの経路が有利かを説明するのに Curtin-Hammett 則がよく用いられています。しかし、現実にはこの規則に従わない anti-Curtin-Hammett の場合もあり、速度論的考察、熱力学的考察に加えてトンネル効果を考慮する必要があります。

現在でも、多くの人がトンネル効果を考慮しない(または知らない)事も多いですが、ベルは 1933 年に既に次のように述べていたことから、問題意識を持っていたことが伺えます。

Reaction processes have been considered as taking place according to the laws of classical mechanics, quantum- mechanical theory being only employed in calculating interatomic forces.

トンネル効果が観測されている反応は少なくありません。例えば、シグマトロピー転位、ラジカル反応(abstraction)、脱離反応、有機金属反応、カルベンやニトレンの反応などです。

教科書などで取り扱われる機会は少ないですが、その歴史は古く、もっとも初期の例は 1903 年に H. Moissan と J. Dewar によって報告されました(参考文献 1,2)。また、このような反応に対して “tunneling” という単語が最初に使われた例は、 1932 年の Wigner らの報告です(参考文献 3)。

計算化学との関連性

Tunneling control は計算化学によっても予測されてきました。計算レベルとしては B3LYP/6-31G(d,p)、M06-2X/cc-pVDZ  や CBS-QB3 や AE-CCSD(T)/cc-pCVQZ  など様々なものが用いられ、canonical variatonal transition state theory (CVT) や small curvature tunneling (SCT) といったアプローチが取られてきました。

特に複雑な例としては、noradamantyl methyl carbene の hydrogen vs CH-group shift reactions が挙げられます(参考文献 4)。

トンネル効果には、活性化障壁の幅が重要だという事なので、計算によって活性化障壁の width を決めるのかと思いきや、論文の Reference 1 に面白い補足がされていました。

It may sound counterintuitive, but in order to define the width of a barrier, the tunneling path must be determined first.

本文中で述べたような反応についての計算を行う場合い、計算結果と実験結果が食い違うような場合はトンネル効果についても疑ってみるべきかもしれませんね!もしもトンネル効果についての論文を出すのであれば、今回の論文を引用してみては?

記事中に間違い等ある場合は、コメント欄、twitter またはメールにてお知らせいただけると幸いです。

参考文献

  1. Moissan,H.;Dewar,J.C.R.Acad.Sci.Paris1903,136,641.
  2. Moissan, H.; Dewar, J. C. R. Acad. Sci. Paris 1903, 136, 785.
  3. Wigner,E.Z. Phys.Chem.1932,B19,203.
  4. “Calculations on Tunneling in the Reactions of Noradamantyl Carbenes”
    Kozuch, S.; Zhang, X.; Hrovat, D. A.; Borden, W. T. J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 17274. DOI: 10.1021/ja409176u

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