計算化学を用いた反応経路解析では、遷移状態構造を求めた後にIRC計算により反応をつなぎ合わせることにより活性化エネルギー、安定化エネルギーなどを求めることができます。
この記事では、遷移状態とは何か?虚振動とは何か?を説明したいと思います。
英語版:Transition State? Imaginary Frequency?
大学の学部の授業では、図 1(a) のような 2 次元のエネルギーダイアグラムの極大点が遷移状態と習うと思います。しかし、ポテンシャルエネルギー曲面(PES)は実際には 3N-6 次元です。ここでは説明簡略化のために図 1(b)の 3 次元の図を使います。遷移状態は、PES 上で鞍点(SADDLE POINT)に位置しています。鞍点というのは図 2 に示す構造であり、ある方向からは極大値だが他の方向からは極小値である点です。
図1. エネルギーダイグラム 2 次元(a)、3 次元(b)
図2. (a): 鞍点(SADDLE POINT) (b):方向 i からは極小点。方向 ii からは極大点
遷移状態の計算では、Gaussian では opt=ts、GRRM では SADDLE というキーワードを使って計算します。これらの計算が正常終了しても遷移状態であるとは限りません。遷移状態であるかどうかを確かめるには、振動解析を行なわなければなりません。
遷移状態とは、虚振動がひとつある状態のことを言います。
虚振動とは?
調和振動子の方程式は、古典力学のフックの法則のばね方程式とほぼ同様の式です。バネは縮めたりのばしたりすると元に戻ろうとする復元力が働きます。同じように分子も極小値から少し座標が動くと、通常は極小値に戻ろうとする力が働きます(図 3)。
図3. local minimum でのエネルギーダイグラム
しかし、遷移状態では元に戻らず中間体の方向に向かって進み、復元力は働きません。
より詳しく数学的に見てみましょう!
基準振動の方程式は、次の式で表せます。
この式は、バネの振動と同じでありλはバネの復元力に相当します。次の式で表すことができます。
<の場合>
<の場合>
振動数 v は次の式で表せます。
すなわち、次のようにまとめることができます。
が正のとき
は実数 : 復元力があり、調和振動となる。
が負のとき
は虚数 : 復元力が無く、平衡点から遠ざかる。
このように、振動解析を行なうことにより PES の形状を判断することができます。すなわち、虚振動の時 PES は上に凸、実数の振動の時は PES は下に凸となります。
ちなみに、虚振動が 2 つ以上ある点は高次の鞍点(maximum point)と言い、遷移状態ではありません。
IRC計算
虚振動がひとつであることを確かめても望みの遷移状態であるかは分かりません。そこで、IRC 計算を行ないます。IRC とは Intrinsic Reaction Coordinate の略です。IRC 計算では、遷移状態構造を虚振動の方向に少しずつ座標を動かしていきます。図 4(a) の状態から図 4(b) の状態に動かす操作です。より直感的には、PES 上で遷移状態からボールを転がして、どこまで転がるかをみる計算と例えることが出来ます。このとき、ボールは常にエネルギーが最小となる経路を通って極小点にたどり着きます(変分原理)。
Gaussian では、IRC 計算によって図 4(b) の構造に達した後は 構造最適化(opt)することにより原系、生成系の構造を得ることができます。
よくある間違いで多いのが、IRC 計算を行なわずに遷移状態構造、中間体構造を別々に計算することです。計算を専門にやってない人に多い間違いです。
IRC計算については、また別の記事で解説します。
虚振動の概念は最初のうちは分かりづらいと思います。2 次元、3 次元のポテンシャルエネルギー曲面の図、数式、実際の分子構造それぞれで何を意味しているのかを説明できるようになることが深い理解へとつながると思います。
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