タキサジエン環化反応の分子動力学計算

パクリタキセル(タキソール)は、イチイの樹皮から単離された天然物化合物であり、有糸分裂阻害活性を示すことから、がん化学療法に用いられています。その魅力的な骨格から全合成の標的ともなり、有名科学者たちにより競い合うようにして全合成が行われたりもしました。

化学合成では何段階もかかる基本骨格(タキサジエン)の構築も、自然界では GGPP からジテルペン環化酵素によって一段回でいとも簡単に合成されてしいます。このタキサジエン合成酵素の反応機構には大変興味が持たれ、これまでにも計算化学により解析が行われていました。

つい先日、ドイツの Walter Thiel のグループからタキサジエン合成酵素の MD 計算、QM/MM 計算が報告されましたので紹介します。

“Molecular Dynamics Study of Taxadiene Synthase Catalysis”
Andr es M. Escorcia, Jeaphianne P. M. van Rijn, Gui-Juan Cheng, Patrick Schrepfer, Thomas B. Bruck, and Walter Thiel
J. Comput. Chem. in press. DOI: 10.1002/jcc.25184

概要

本論文では、タキサジエン合成酵素(TXS)によって触媒されるゲラニルゲラニル二リン酸の環化に関与する非共有結合酵素-カルボカチオン複合体の動的挙動を研究するために、分子動力学(MD)シミュレーションが行われました。 タキサジエンおよび観測された4つの副生成物は、カルボカチオン中間体の脱プロトン化により生成したものです。 TXS-カルボカチオン複合体の MD シミュレーションは、そのようなカルボカチオンの潜在的な脱プロトン化メカニズムを明らかにするために効果的です。 MD シミュレーションの結果は、二リン酸によるカルボカチオンの脱プロトン化が重要なファクターであるとした反応経路を支持しない場合がありました。 代わりに、複数のプロトン移動反応による副生成物の形成を可能にする経路が見つかりました。著者らは、このシミュレーションに基づきタキサジエン副生成物生成過程の新規反応メカニズムを提案しています。

計算手法

タキサジエン合成酵素(TXS)は、Mg と GGPP のフッ素化アナログの FGG との共結晶 (3P5R) が報告されています。解像度は 2.247 Å とまあまあの値です。

今回の計算では、2016 年の PNAS で Thomas Brück らが報告した TXS と中間体である verticillen-11-yl cation と verticillen-3-yl cation の二つのドッキング構造を初期座標とし、まず MD 計算を行いました(参考文献 1)。MD 計算は、CHARMM (35b2) で行われました。ちなみに、Brück らは Auto Dock Vina でドッキングしたようです。。。

QM/MM 計算では、QM 部分は SCC-DFTB、MM 部分は CHARMM27 で計算されています。

内容

イントロにも書きましたが、タキサジエン環化反応の気相中での QM 計算は Tantillo らにより2007 年と 2010 年に報告されています(参考文献 2,3)。そして、Brück らが 2016 年にカルボカチオン中間体と TXS のドッキングを行いました(参考文献 1)

今回の論文は、これまでの他グループの研究の延長線上に位置するものです。これまでの研究できちんとは計算されていなかった副生成物の経路についても明らかにしています。

これまで提唱されてきた反応機構では、GGPP から脱離した二リン酸が塩基としてプロトンの引き抜きを行うとされてきました。しかし、TXS の結成部位を見ると他にも塩基として作用しそうな残機があり、それらが関わっていないとは完全には言い切れません。そこで、今回の論文で QM/MM 計算が行われました。

実際に計算して見ると、やはり二リン酸が脱プロトン化に関与していることがわかりましたが、アミノ酸が関与している経路もありました。また、TXS は基質に対して少し大きめな active site を持っているらしく、水分子のブリッジが脱プロトン化に置いて重要な役割を果たしていることも明らかとなりました。


(上図は、論文より)

実験的に報告されている副生成物は 4 種あります。いずれも、反応中間体が脱プロトン化して生成したものです。中間体 E から生成する T1 は、二リン酸により脱プロトン化が行われています。しかし、V1, V2 の前駆体となる中間体 F に関しては、二リン酸のみの場合や水ブリッジを介した場合のどちらでも脱プロトン化が進行するようです。また、F から脱プロトン化が進行するには、C 環のコンフォメーションが chair-like conformation から boat-like conformation に変わる必要があるそうです。

反応中、活性部位内で基質が動かないと考えると、中間体 D から脱プロトン化が進行するのは、距離的に無理そうという計算結果が得られました。そのため、中間体 C から複数回の水素移動を伴いつつ脱プロトン化が進行すると考える方がより確からしいです。その際、脱プロトン化は二リン酸、または D614 の関与により進行するようです。

論文の末尾に、中間体構造だけではなく、関連する遷移状態やその反応経路についても計算を行なっており、そちらは別の論文として報告すると書いてありました。続報が気になるところです。

記事中に間違い等ある場合は、コメント欄、twitter またはメールにてお知らせいただけると幸いです。

参考文献

  1. “Identification of amino acid networks governing catalysis in the closed complex of class I terpene synthases”
    P. Schrepfer, A. Buettner, C. Goerner, M. Hertel, J. van Rijn, F. Wallrapp, W. Eisenreich, V. Sieber, R. Kourist, T. Brck,
    Proc. Natl. Acad. Sci. USA 2016, 113, E958. DOI: 10.1073/pnas.1519680113
  2. “A promiscuous proton in taxadiene biosynthesis?”
    Gutta, P., Tantillo, D. J.
    Org. Lett. 2007, 9, 1069–1071. DOI: 10.1021/ol070007m
  3. The Taxadiene-Forming Carbocation Cascade
    Young J. Hong and Dean J. Tantillo
    J. Am. Chem. Soc., 2011, 133, 18249–18256. DOI: 10.1021/ja2055929

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