初めて地球上に生命が誕生したのは、約 40 億年前と考えられています。原始の地球には生命に必要な有機分子(アミノ酸,核酸塩基,糖,脂肪酸,炭化水素など)が豊富に存在していたと考えられています。ここからどのようにして生命が誕生したのか?という謎は、非常に興味深く、長年にわたり多くの科学者を惹きつけて来ました。
このような有機分子から生命が誕生する過程を研究する分野があります。まだ酵素が誕生する以前の時代のため、この過程での反応は、極限条件下でのシンプルな有機化学反応として捉えることができます。当然、シンプルな系であるため計算化学も非常に有効となります。
つい先日、J. Phys. Chem. A 誌上に初期地球環境での核酸塩基の生成機構の論文が掲載されていましたので、簡単に紹介します。
“Reaction Routes for Experimentally Observed Intermediates in the Prebiotic Formation of Nucleobases under High-Temperature Conditions“
Yassin A. Jeilani, Brooke Ross, Nasrin Aweis, Chelesa Fearce, Huynh Minh Hung, and Minh Tho Nguyen
J. Phys. Chem. A 2018, 122, 2992-3003. DOI: 10.1021/acs.jpca.7b11466
概要
原始地球上のような非生物的条件下、高温条件下での核酸塩基の形成を示す実験的証拠がこれまで示されて来ました。そのため、核酸塩基の prebiotic 合成は非常に興味深い研究として捕らえられています。隕石の衝突によって生じた高温と高エネルギーにより生体分子が生成したというシナリオが現在一般に受け入れられています。これらの条件下では、生体分子形成のための反応機構は、フリーラジカル経路が適切であると考えられます。本論文では、密度汎関数理論計算を用いて UB3LYP/6-311G (d,p) レベルで核酸塩基の形成メカニズムが調べられました。
5-aminoimidazole-4-carboxamide (AICA) および 5-(formylamino)imidazole-4-carboxamide (fAICA) の両方が最初にホルムアミドから形成され、次に核酸塩基が形成されることが見出されました。計算結果は、グアニンの前駆体としての AICA のラジカル反応経路を支持しています。 hypoxanthine と xanthine の両方は、fAICA のラジカル経路から形成されることも明らかとなりました。
さらに、imino-AICA および imino-fAICA の生成は、アデニン、プリンおよびイソグアニンの生産に必要であることが初めて示されました。また、fAICA および imino-fAICA からの hypoxanthine およびアデニン/プリンの生成は、それぞれ約 70 年前に実施された実験結果と一致していました。
計算手法
全ての計算は、gaussian09 を用いて行われました。
計算レベルは、B3LYP/6-311G(d,p) です。著者らの過去の研究により、ホルムアルデヒドからの経路の計算には B3LYP が最適であるとすでに示されているようです。一点計算の結果は、スケーリングファクター 0.967 で修正されています。
計算資源には、XSEDE を使用されています。
内容
ベルギーのルーヴェン・カトリック大学の研究チームの論文です。著者の Minh Tho Nguyen は、これまでにもウラシルやシアヌル酸の prebiotic 合成などの論文を発表しております(参考文献 2,3)。これら先行研究でも AICA や fAICA は登場しています。
原始地球上での核酸塩基の生成に関しては、1950 年に SHAW によって以下の反応機構が提唱されています (参考文献 4)。この反応は、超高温条件下では進行するようです。
原始の地球 (Early Earth) では、太陽光が現在よりも強く降り注いでおり、化学反応の開始には十分なエネルギーが供給されていたようです。過酷条件下でホルムアルデヒドからシアノラジカル ・CNが発生することが実験的にも示されています。そこで、著者らはラジカル生成での反応機構を考えたようです。
計算自体は、非常にシンプルで特に議論するところもないので、論文の図をみてください。
感想
基質のサイズも小さいし、diffuse 関数も入っていないので、計算コストはだいぶ低そうです。重要性の高い生体内分子であるにも関わらず、原始地球上ということで酵素の関与を完全に除外することができています。また、多少活性化エネルギーが高くても高温高圧条件ということで説明できます。
非常にうまい研究対象を見つけたな、賢いなと単純に思いました。最終構造が芳香環で平面になっているため、コンフォメーションの考慮もあまり必要ないし。
疑問に思ったのは、水分子を考慮していないこと。PCM で水中ということにしているけど、これで十分なのかなぁ。あと、prebiotic 環境ではラジカルのクエンチは考慮しなくても良いのかな?
簡単な化学反応を計算しても、高いジャーナルを狙うことは一般にこんなんです。しかし、「原子地球上の」とか生物学的に重要な「核酸塩基」といったキーワードを付与することによって、たちまち面白い結果に変えることができます。この辺りのテクニックは是非参考にさせて頂きたいと思います。
参考文献
- 生命の誕生と40億年の進化
- “Acetylene as an Essential Building Block for Prebiotic Formation of Pyrimidine Bases on Titan.”
Jeilani, Y. A.; Fearce, C.; Nguyen, M. T.
Phys. Chem. Chem. Phys. 2015, 17, 24294−24303. DOI: 10.1039/c5cp03247d - “Unified Reaction Pathways for the Prebiotic Formation of RNA and DNA Nucleobases.”
Jeilani, Y. A.; Williams, P. N.; Walton, S.; Nguyen, M. T.
Phys. Chem. Chem. Phys. 2016, 18, 20177−20188. DOI: 10.1039/c6cp02686a - “A NEW SYNTHESIS OF THE PURINES ADENINE, HYPOXANTHINE, XANTHINE, AND ISOGUANINE”
Elliott Shaw
J. Biol. Chem. 1950 185, 439.
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