テルペノイドは、これまでに 80,000 種以上の化合物が報告されている最大の天然物化合物群です(参考文献 1)。身近なところでは、メントールなどの香料、抗マラリア薬のアルテミシンから抗がん剤のタキソールまで構造・機能共に多様性に富んでいます。
しかしながら、その生合成過程は非常にシンプルで、GPP, FPP, GGPP, GFPP などのイソプレノイドを共通の出発原料にします。生体内で非常に重要な働きをするステロイド類もこのイソプレノイドから合成されます。
今回は、そのイソプレノイドを生体内で合成するのに重要である GPP synthase (以下 GPPS) のQM/MM MD 計算についてご紹介します。
“Mechanism of Assembling Isoprenoid Building Blocks 1. Elucidation of the Structural Motifs for Substrate Binding in Geranyl Pyrophosphate Synthase”
Zhihong Liu, Jingwei Zhou, Ruibo Wu & Jun Xu
J. Chem. Theory Comput. 2014, 10, 5057-5067. DOI: 10.1021/ct500607n
目次
概要
テルペン/テルペノイドは、活性的にも構造的にも最も多様な天然物のグループです。テルペンは、prenyltransferases (PTS) によって、2つの構成単位 isopentenyl diphosphate (IPP) および dimethylallyl diphosphate (DMAPP or DPP) から組み立てられます。Geranyl pyrophosphate synthase (GPPS) は、イソプレノイド生合成の間の鎖伸長の第一段階において DPP および IPP を合成する酵素です。GPPS がテルペンの原料を合成するメカニズムはこれまで不明でした。この酵素の触媒メカニズムを解明することは、新しい天然物を創出するための足場作りとして重要です。本論文では、QM/MM MD シミュレーションによって、触媒ポケットの “open-close” conformation 変化が GGPS 活性部位の大サブユニット (LSU) で起こることがわかりました。さらに、Asp91 (loop1) 、Lys239 (loop2) 間の salt bridge がこのコンフォメーション変化に重要であることがわかりました。一方、小サブユニット (SSU) は、疎水性ポケットのサイズおよび形状を調節して、異なる形状およびサイズを有する基質を柔軟に受け入れます(DPP/GPP/FPP, C5/C10/C15)。GPPS によって触媒される種々の基質についての結合様式を探究するために、さらなる QM/MM MD シミュレーションを実施したところ、重要な残基 (ASP91, Lys239, Gln156) が推定されました。
計算手法
GPPS は、結晶構造がいくつか報告されています。今回は ペパーミント (Mentha piperita) の GPPS を基に、5 つのモデルを作成しました。GPPS は large subunit(LSU) と small subunit (SSU) から構成されています。今回は
1. ligand free GPPS
2. ligand free LSU
3.GPPS-DPP-IPP
4.GPPS-GPP-IPP
5.GPPS-FPP-IPP
の 5 つのモデル構築が行われました。
さらにその後、MD シミュレーションをしています。Amber12 で ff99SB と gaff をそれぞれタンパクとリガンドの力場として使用しています。また、リガンドには、gaussian09 で HF-6-31G(d) の計算結果をもとに antechamber で作成したものを適用しています。水は、タンパクから 8Å の距離で TIP3P water box で撒き、Na
最小化と平衡化は以下のように 5 段階で行われました。time steps は 2.0 fs
- 4000 cycle (steepest descent: 2000cycle, conjugate gradient: 2000 cycle) の minimization. restraint は 2000 kcal/mol Å
で全原子。 - 重原子のみ 500 kcal/mol Å
のrestraint で minimization - restraint なしで 4000 cycle の minimization
- 50 ps で 0から300 K まで上げ、その後 300 K で 100 ps NPT MD simulation
- 300 K で 100 ns NVT simulation. リガンドフリーのものに関しては、ここから更に 100 ns 計算。
続いて、Amber で平衡化した構造を QM と MM の部分に分けています。DPP/GPP/FPP, IPP, D83, D89, K180, Mg
QM/MM 計算は QChem-Tinker を用いて行なっています。
内容
・Open 型と Closed 型のコンフォメーション変化は、Asp91 と Lys239 の salt bridge によって制御されている
論文著者らは、まず open form と closed form の構造変化の要因を明らかにしようと考え、活性部位を構成する loop1, loop2, loop3 に着目しました。基質が結合した構造と基質が結合していない構造を比較すると loop 2 の構造が大きく異なっていることが明らかとなりました。
大変興味深いことに、この loop2 は 基質が結合していない状態の結晶構造では見えないことが多いため、loop2 はフレキシビリティが高いと予想されます。
より詳細な解析を行うと、Close form では loop1 の Asp91 と loop2 の Lys239 が 2.6 Å の距離にあるのに対し、open form では 6.8 Å の距離にあることが分かりました。論文著者らは、この構造を salt bridge と呼んでいます。
apo 型 holo 型でそれぞれ MD シミュレーションをすると、酵素キャビティの容積変化と Asp91 と Lys239 の距離変化に相関が見られました。
以上より、open 型 closed 型のコンフォメーション変化は Asp91 と Lys239 の salt bridge によって制御されていることが分かりました。同様のメカニズムはインフルエンザウイルスでも知られています(参考文献 2)。
管理人は、この Asp91 や Lys239 が他の植物由来の GPPS や GGPPS、他生物の GPPS でも保存されているのか気になりましたが、論文中で多重アライメント解析の結果に関する詳しい議論はありませんでした。
・活性ポケットのサイズと形状は SSU によって制御されている
SSU の無い LSU のみのモデルで MD シミュレーションをしてみると、非常に RMSD が大きいことが分かりました。また、GPPS の LSU のみを組換えタンパク質として精製しアッセイしても活性が無いことが以前から知られており、このことからも SSU の重要性が示唆されていました。
MD シミュレーションを行ってみると、ヘリックス G, H が壊れてしまうことが明らかになりました。ヘリックス H は Mg の結合に関わるので、この構造変化は非常に問題です。
また Gln156 は、SSU 存在時は活性部位の外側を向いているのに対し、SSU が無い時は、内側を向いてしまっていることが分かりました。Gln156 と Asp83 と水分子で水素結合を形成し、Mg の結合に関わることが以前から知られています。
この点についてより詳細に調べるために、さらなる計算を行いました。古典的 MD シミュレーションでは Mg 周りの結合をうまく再現できないため、論文著者らは QM/MM 計算を行いました。すると、やはり SSU が無いと酵素活性部位が非常に小さくなってしまうことが分かりました。また、SSU が無いと酵素活性部位に溶媒分子が入ってきてしまい反応を阻害することも分かりました。
以上から、SSU は酵素活性部位のサイズ、形状、安定性に非常に重要であることが示されました。
・Bial reactivity は基質の結合様式に関係している
GPPS は 二機能性酵素と言われています。GPP, GGPP を主に合成しますが、微量の FPP も vitro で合成します。実験データから、FPP 合成は GPP 合成に比べて 1000 倍、GGPP 合成に比べて 31 倍遅いということが既に報告されています。
著者らは、基質の結合様式について精査し、この反応選択性を明らかにしようと考え QM/MM MD 計算を行いました。そうしたところ、二つの基質間の距離と角度が非常に重要であることが分かりました。DPP + IPP の場合と FPP + IPP の場合は、距離、角度ともにほぼ一緒であるのに対し、GPP + IPP の時のみ距離、角度が大きく異なることが分かりました。
雑感
非常に良い計算だと思うのですが、なぜ JCTC 何でしょう?やっぱり二次代謝中心のイントロにしてしまうとインパクトが弱いのでしょうか?
多少違ってても、無理やりステロイド生合成とか病気とか一次代謝などに関連させたイントロにすればもっと違った結果になったような気がします。
今回の著者の Ruibo Wu ですが、化学的に意味があり、かつ非常にハイレベルな計算を出してくるので、最近注目しています。
記事中に間違い等ある場合は、コメント欄、twitter またはメールにてお知らせいただけると幸いです。
参考文献
- D. W. Christianson, Chem. Rev. 2017, 117, 11570. DOI: 10.1021/acs.chemrev.7b00287
- Amaro, R. E.; Swift, R. V.; Votapka, L.; Li, W. W.; Walker, R. C.; Bush, R. M. “Mechanism of 150-cavity formation in influenza neuraminidase.” Nat. Commun. 2011, 2, 388. DOI: 10.1038/ncomms1390