正宗・Bergman 環化の計算化学【エンジイン】

抗腫瘍活性を持つ天然物化合物の calicheammicin や dynemicin にも見られる Enediyne 構造の環化反応である正宗・Bergman 環化の詳細な理論解析の論文が J. Phys. Chem. A に出ていました。生物活性や有機化学反応機構の面からも非常に興味深い反応ですので、簡単に紹介をします。

“An Ab Initio Exploration of the Bergman Cyclization”
Adam R. Luxon, Natalie Orms, René P.F. Kanters, Anna I. Krylov, and Carol A. Parish
J. Phys. Chem. A, 2017, in press. DOI: 10.1021/acs.jpca.7b10576

概要

正宗・Bergman 環化は、エンジインが環化して反応性の高いジラジカル種である p-benzyne を生成する重要な反応です。Enediyne 構造は、calicheammicin や dynemicin などの天然の抗腫瘍抗生物質も見られます。環化のエネルギー論の理解は、細胞死誘導に深く関わる環化反応の制御を考える上で重要です。本研究では、CCSD および EOM-SF-CCSD 法を用いて (Z)-hex-3-ene-1,5-diyne の Bergman 環化のための一重項および三重項のポテンシャルエネルギー曲面の計算が行われています。三重項エンジインおよび遷移状態は 対称性を有することが分かり、これは 対称性を有する一重項反応物および遷移状態とは対照的です。本論文では、両方の環化経路のフロンティア軌道の解析が行われ、三重項環化のエネルギー障壁が大きいこと原因が明らかとなりました。 一重項反応はわずかに吸熱反応(Hrxn= 13.76kcal / mol)であり、三重項反応は発熱反応(Hrxn= -33.29kcal / mol)であることが判明しました。 また、EOM-SF-CCSD / cc-pVTZで計算したp-benzyne の singlet-triplet gap は、一重項基底状態の方が有利であることを示す 3.56kcal/mol であることがわかりました。

計算レベル

CCSD/cc-pVDZ で構造最適化を行い、CCSD(T)/cc-pVTZで 一点計算をし、このエネルギー値を用いて反応エネルギーの議論が行われています。SI では比較として CASPT2 も用いられており、基底関数も ANO-S、TZ、6-31G(d,p) などが検討されています。

計算には Q-chem を使用し、natural orbitals や Head-Gordon index の計算と可視化には libwfa module を用いています。可視化ソフトには、IQmol と Jmol が用いられています。

エネルギー計算を行うにあたって、 は closed-shell であるのに対し、 はopen-shell であるため、同様の方法でエネルギーを計算することが困難であったそうです(R: Reactant, TS: transition state, P: product)。一方で triplet の経路では、 は全て singlet high-spin determinant によって表されるため、single-reference CCSD 法で正確に表すことができるらしいです。

singlet の経路については参考文献 1 に従い、下図に示すように high-spin のエネルギーを求めた後に vertical singlet−triplet gaps (ΔEST,v) を引くことにより low-spin の経路のエネルギーを計算しています。


の計算には EOM-SF-CCSD  が用いられました。EOM は equation-of-motion の略、SF は spin-flip の略です(参考文献 2)。singlet と triplet のエネルギーギャップを正確に見積もることができ、low-spin 状態の閉殻、開殻ともに正確に計算できるます。この計算では singlet の座標を基にして high-spin 状態のエネルギーを求めます。spin contamination を避けるために、今回は EOM-SF-CCSD/ROHF/cc-pVTZ を使用しています。

内容

エンジイン化合物は、正宗・Bergman 環化が進行した後に生じる p-benzyne が DNA を切断をし、抗腫瘍活性を示すと言われています。エンジインの環化反応についてはこれまでも DFT、CASSCF、CASPT2、CCSD(T) や MBPT などを用いてこれまでにも理論解析が行われてきたようです(参考文献 3,4 など)。

今回の計算で得られた活性化エネルギーは約 30 kcal/mol 程度ですが、生体内で進行する反応としては、やや高い気がします。実際にエンジイン構造を持つ天然物での正宗・Bergman 環化反応はマクロ環内部での反応であり、反応点が近づきやすくなっているため、今回の活性化エネルギーよりも低いと思われます。どの程度活性化エネルギーが変化するか興味が持たれるところです。

正宗・Bergman 環化の TS を求めてエネルギーの議論をすることは簡単だと思いますし、既にいくつか報告があります。今回の論文では EOM-SF-CCSD という計算手法を用いて計算を行い、軌道の解析までしっかり行なったという点が新しかったのかなと思います。

【追記、twitter でのコメントを受けて】
CASPT2 と EOM-SF-CCSD のどちらが良いのかは分かりません。
EOM-SF-CCSD を使うことによって spin contamination が本当に無くなっているかどうかは分かりません。

記事中に間違い等ある場合は、コメント欄、twitter またはメールにてお知らせいただけると幸いです。

参考文献

  1. “Bonding Patterns in Benzene Triradicals from Structural, Spectroscopic, and Thermochemical Perspectives.” Cristian, A.-M. C.; Shao, Y.; Krylov, A. I., J. Phys. Chem. A 2004, 108, 6581- 6588.
  2. Equation-of-motion coupled-cluster methods for electronically excited and open-shell species (PDF)
  3. “Radical-Anionic Cyclizations of Enediynes: Remarkable Effects of Benzannelation and Remote Substituents on Cyclorearomatization Reactions” Alabugin, I. V.; Manoharan, M. J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 4495-4509.
  4. “The Bergman Cyclizations of the Enediyne and Its N-Substituted Analogs Using Multiconfigurational Second-Order Perturbation Theory” Dong, H.; Chen, B. Z.; Huang, M. B.; Lindh, R. J. Comput. Chem. 2012, 33, 537-49.

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