プメラー型反応の反応機構は実はもっと複雑?【Pummerer Type Rearrangement】

プメラー転位は、スルフォキシド類から対応する α 置換スルフィド類を合成する反応です。

最近、二種の生成物を与えるプメラー型反応での生成物の選択性が計算化学により明らかにされました。以下の文献を簡単に紹介したいと思います。

“Post-transition state bifurcations induce dynamical
detours in Pummerer-like reactions”
Stephanie R. Hare, Ang Li & Dean J. Tantillo, Chem. Sci., 2018, 9, 8937. DOI: 10.1039/c8sc02653j

概要

本論文では、プメラー型転位反応における遷移状態後の枝分かれ(PTSB: post-transition state bifurcation)を DFT 計算と動力学計算で明らかにしました。PTSB を経由して得られる反応生成物の比は、溶媒効果に敏感であることもわかりました。

計算手法

DFT 計算は gaussian09 を用いて行われています。構造最適化は、B3LYP/6-31G(d) が用いられ、溶媒効果は PCM で見積もられています。

MD 計算には、Singleton の開発した progdyn が用いられています。各 trajectory での構造変化を追っていき、S1-O1′ の距離が 1.90 Å になったものは原料、O3′-C2 の距離が 1.50 Å になったものは [2,3] 生成物、O3′-C3 の距離が 1.50 Å になったものは [3,3] 生成物と判定しています。

また、Carpenter の作った Newton Code も product ratio を求める際に用いられています。

内容

本論文の著者らは、下に示す Pummerer 型転位反応の DFT 計算を行いました。

DFT 計算での結果を基に MD 計算を行ったところ、この反応には PTSB があることがわかりました。

続いて、各種の溶媒で TS の計算を行ったところ、溶媒によって TS の構造が微妙に異なることが明らかになりました。転位してくるアシル基のカルボニル酸素と C2, C3 の距離が溶媒によって異なるようです。これにより選択性に差が出ているようです。特に、極性が上がると [3,3] 生成物の割合が多くなるようです。

ちなみに、この二種の生成物間で interconversion があるため、実験的には生成比を求めることが出来ません。しかし、純粋に有機化学の観点から、選択性を知ることには非常に興味がもたれます。

最後に著者らは、本研究で得られた知見を一般化するために種々の置換基で MD 計算を行いました。まず、上記 scheme 中の R をかさ高くすると選択性が逆転することがわかりました。次に電子的効果を見積もるためにトリフルオロメチル基に変えてみたところ、選択性に特に変化はみられなかったとのことです。

雑感

遷移状態後の枝分かれ(PTSB) の計算が一般的になり、様々な論文が出されています。当ウェブサイトでもこれまでいくつかの記事を書いてきました。

【参考】遷移状態後の枝分かれでの Dynamic Effect
【参考】Rh の C-H 挿入反応の新知見〜遷移状態後の枝分かれ〜

当初はどのようにして Bifurcation を求めれば良いのか不明なところがありましたが、最近では MD を使えば PTSB が求められるということが浸透してきため、目新しさは無くなってきたように思います。

実験屋さんから見て PTSB でもっとも気になることは、生成物の選択性は何によって決定されるのか、どのようにしたら生成比をコントロールできるのか、だと思います。

今回の論文では、種々の溶媒で trajctory を解析することにより生成比が溶媒依存であることを明らかにしました。

異なる溶媒中で TS の imaginary frequency mode にも影響が出ていると著者は述べています。溶媒を代えると反応機構が変わってしまうことは管理人も経験したことがあります(段階的な反応だったのが、協奏的になってしまったなど。)そのため、PTSB でも溶媒の影響が大きいというのは、言われてみれば納得という感じです。

今回の論文では、得られた結論を一般化するために、置換基を変えたり、別の Pummerer 型反応の計算結果を示したりしています。このように、解析だけでなく、他の反応にも応用できる一般則を見つけ出すことが、この手の有機化学反応の計算に期待されていることだと思います。

これまで発表された PTSB の論文を読んでみて思ったのですが、電子が非局在化しやすいような分子構造、特に π 電子が関わっている反応などに PTSB が多いのでしょうか?

余談ですが、論文中 table 2 にそれぞれの経路について何個の trajectory を求めたかがまとめられています。計 700 trajectory 求めていますが、すごいの一言です。管理人も以前 progdyn 使ったことがありましたが、とても時間のかかる計算でした。 700 個求めるのには最低数ヶ月かかると思います。やっぱり QM ベースの MD 計算は時間がかかります。。。

Newton Code は使ったことがないので、なんともコメントできません。

管理人は、計算化学・有機化学を趣味とする一般人ですので、記事中には間違いなどがあると思われます。コメント欄・twitter・メールなどでご指摘頂ければ幸いです。

参考文献

progdyn の論文: D. A. Singleton, C. Hang, M. J. Szymanski and E. E. Greenwald, J. Am. Chem. Soc., 2003, 125, 1176–1177.

Carpenter の Newton code の論文: T. H. Peterson and B. K. Carpenter, J. Am. Chem. Soc., 1992, 114, 766–767.

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