分枝型拡張ヘテロ開裂反応の理論解析!〜divergent extended heterolytic fragmentations〜

開裂反応というと、Eshenmoser 開裂Mehta 開裂Risch 開裂などが挙げられます(下図)。

このような結合の開裂を伴う fragmentation 反応は、分子骨格を構築する際の鍵反応として、全合成研究でも度々用いられています。

結合形成のみを行う反応だけでは構築できない骨格も構築できることから、複雑骨格天然物の合成などでも重宝されています。

しかしながら、種々の開裂反応のうち以下の2種類は、これまであまり理論化学の研究対象としては注目されていませんでした。

  1. extended fragmentation: 5 原子以上が関与する他段階開裂反応
  2. divergent fragmentation: 二個以上の異なる生成物を与える開裂反応

今回紹介する論文は、この二つが組み合わさった “divergent extended heterolytic fragmentations“を DFT 計算によって解析しているものです。

“Tipping the balance: theoretical interrogation of divergent extended heterolytic fragmentations.”
Laconsay, C. J.; Tsui, K. Y.; Tantillo, D. J. Chem. Sci. 2020, in press.
DOI: 10.1039/C9SC05161A

概要

本論文では、DFT 計算、NBO 解析、ab initio 分子動力学(AIMD)、およびexternal electric field(EEF)を使用して、”divergent fragmentation” と呼ばれるヘテロリティック・フラグメンテーション反応を解析しています。 置換基、静電環境、および非統計的な動的効果はすべて、分岐フラグメンテーション経路が関与する反応の生成物選択性に影響することを示しています。 また、分子動力学シミュレーションにより、予期しない遷移後状態分岐(PTSB)を明らかにし、EEF 計算によって、正しい大きさの電界が適切に方向付けられている場合、原則として、分岐経路のいくつかの遷移状態を選択的に安定化できることを示しました。

計算手法

DFT 計算では、8 つの異なる計算レベル B3LYP/6-31G(d), B3LYP-D3/6-31G(d), B3LYP-D3/6-31+G(d,p), B3LYP-D3(BJ)/6-31G(d), M06-2X/6-31G(d), B97X-D/6-31G(d), B2PLYP-D3(BJ)/6-31G(d), BB1K/6-31G(d) がテストされています。

用いる汎関数によって、エネルギーが 10 kcal/mol 程度変わってしまうため、B3LYP-D3(BJ)/6-31G(d)M06-2X/6-31G(d) で全てのエネルギーが計算されています。

基底関数については、6-31G(d,p) 6-31+G(d) の両方を検討したようですが、変化がなかったので、全て 6-31G(d) で計算しているようです。

極めて丁寧に計算レベルを検討していることが伺えます。計算が専門でない人がやったら、B3LYP/6-31+G(d,p) のみで計算してそうな気がします。

ab initio 分子動力学計算 (AIMD) は、TSS を初期構造とし progdyn を用いて計算されています。

External Electric Field (EEF) 計算は、gaussian09 にて “field” キーワードを使用して計算しているようです。

本論文の内容

何かの役に立つことを意識した応用研究が採択されやすい世の中だとは思いますが、このように出来る限り多段階の開裂反応を探してみようという研究は、学術的観点から純粋に面白いと思います。

超多段階開裂反応を設計している過程で、偶然にも分枝型開裂反応を発見してしまったために、そちらに方向転換した旨がイントロにわざわざ書いてあります。

また、Acknowledgements には、Roald Hoffmann 研と Dean Tantillo 研の間で、どちらがより他段階の開裂反応を見つけることが出来るかのコンペがあった旨も書かれています。

こういった、何の役に立つのか分からないけど、純粋に面白い化学の研究って最高ですね。

さて、今回の論文で解析された反応は、以下の scheme に示すもので、彼らが設計した反応になります。

結果については、論文中の Table 1 に凝縮されています。X, Y1, Y2 の置換基を変化させることにより、 A が生成するか、B が生成するか分かれます。

一応、A と B の TS は両方出ますが、どちらかが 10 kcal/mol 以上有利とういうことで、生成物が一意に決まっています。

しかしながら、Table 1entry 4 では、 B3LYP-D3(BJ) で計算すると A が、M06-2X で計算すると B が生成するという何とも不思議な結果が得られています。

あまり計算化学に馴染みのない人だったら、この entry だけ削除するとか、計算の誤差などと片付けてしまったり、どちらかの汎関数の結果のみを採用した、と思います。

しかし、PTSB の論文を数々出している著者らは、汎関数を変えると生成物が変化するという場合は PTSB である場合が多い、ということを知っていたため、entry 4 は PTSB に違いないと気づくことができました。

そこで著者らは、AIMD を用いて PTSB の解析に乗り出すことにしました。

人は知っていることしか気づけないという典型例だと思います。

divergent fragmentation

divergent fragmentation は、一種の “枝分かれ” 反応です。

枝分かれ“というと、これまで当ブログでは、これまで Post-Transition State Bifurcation (PTSB) の論文やそれを計算するためのソフトウェアの使い方などを紹介してきました。

参考遷移状態後の枝分かれでの Dynamic Effect
参考プメラー型反応の反応機構は実はもっと複雑?【Pummerer Type Rearrangement】
参考【PTSB】Progdyn の使い方【遷移状態後枝分かれ】

ちなみに、著者らは、この他段階開裂反応の枝分かれのことを “divergent extended heterolytic fragmentations” と読んでいます。なんか、かっこいい呼び方ですよね。

解析

最初に置換基を振って、選択性の傾向を見た後で、NBO 計算を用いて “remote stereo electronic effects” を解析しています。また、重要そうな結合に関しては、wiberg bond order を求めています。

また、最近 “smart reagents” としても注目を集めている External electric field についても解析しています。

雑感

全体に非常に丁寧に多くの解析を行っており、非常に良い研究だと思いました。

出来ることであれば、この entry 4 の化合物を実際に合成して、本当に AB の二種類の生成物を与えるのか?また、溶媒を変えることにより生成比が変わるのか?というところまで見て欲しかったです。

実験結果もあれば、もっと上のジャーナル(JACSAngew?)に通っていたと思います。

しかし、本文中に
syntehsis of 1 presents its own challenges.
と表記されていることから、それは難しかったということが見て取れます。レフェリーにも指摘されてこの一文を追加したのではないでしょうか?

最近、非常に研究が盛んな PTSB ですが、今回は fragmentation 反応にも見つかりました。知らず知らずの内に PTSB を見落としているなんてことも結構ありそうですね。

興味のある方は、是非本論文をお読みください!

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