Diels-Alder 反応に最適な汎関数はどれ?

DFT 計算は今や最も用いられている計算手法です。とりわけ、ハイブリッド汎関数である B3LYP は最もよく用いられている汎関数の一つです。しかし、DFT 計算がよく用いられるにつれて、いくつかの反応において誤差が生じることも報告されてきました。例えば、B3LYP は Diels-Alder 反応などのペリ環状反応では正確なエネルギーを与えないことが知られています。
では、どの汎関数を用いるのが良いのでしょうか?

内容

有機化学の分野では、とりあえず B3LYP で計算するというトレンドが強いように思いますが、B3LYP で正しくエネルギーが見積もれない反応も報告されています。その中の一つの例として Diels Alder 反応などのペリ環状反応が挙げられます。では、どの汎関数を用いれば、正確なエネルギーが求められるのでしょうか?

計算化学で Diels Alder 反応といえば、Kendall Houk の名を挙げる人が多いのではないでしょうか?Houk は、ウッドワード・ホフマン則でも知られるロバート・バーンズ・ウッドワードの元で Ph.D を取得しました。まさに、筋金入りのペリ環状反応マニアであり、これまでにあらゆる計算レベルでの Diels Alder 反応の計算結果を報告しています。Houk らは 2008 年に、複数の汎関数を用いたペリ環状反応のエネルギー見積もり誤差に関するベンチマークを Angew 誌上に報告しました。

“Sources of Error in DFT Computations of C-C Bond Formation Thermochemistries: \pi arrow \sigma Transformations and Error Cancellation by DFT Methods”
Susan N. Pieniazek, Fernando R. Clemente, and Kendall N. Houk
Angew. Chem. Int. Ed. 2008, 47, 7746 –7749. DOI: 10.1002/anie.200801843

この論文中では、MPW1K, MPWB1K, M05-2X, mPW1PW91, MPW1B95, M06-2X, B3LYP, B1B95 などの 汎関数やSCS-MP2 での計算結果を CBS-QB3、G3 との結果と比較し、どの程度の誤差があるかを調べています。
基底関数は double- (6-31+G(d,p))と triple- (6-311+G(2df,2p)) を用いています。double- では誤差の幅は2-8 kcal/mol であったのに対し、triple- では 1-12 kcal/mol 程度でした。

(注)CBS-QB3 ですが、CBS は Complete Basis Set の略で完全基底系を意味します。いくつか種類があり、CBS-4 の修正バージョンとして CBS-Q, CBS-QB3, CBS-APNO などがあります。(参考、参考文献 2-5)
余談ですが、Kendall Houk の論文は、とっても正確だけどクッソ重たい計算手法を用いていることが時々あります。それだけ計算資源が豊富なんでしょうね。。。羨ましいです。

詳しい結果については論文を見てもらいたいと思いますが、平均絶対偏差 MAD (mean absolute deviations) を比較すると、triple- の時の M06-2X と double- の時の B1B95 が最も小さいです。結論としては、M06-2X//B3LYP を使うのが良さそうです!

誤差の原因

トップ画像にもありますが、Diels Alder 反応では 3 つの 結合と 4 つの 結合を含む系が 1 つの 結合、6 つの 結合を含む系へと変換されるとみなすことができます。エネルギー変化としては2 つの 結合が 2 つの 結合へと変換されたと捉えることができます。

完全基底系 CBS-QB3 の計算では、実験値と比べ非常に小さな誤差でエネルギー変化を求めることができます。DFT 計算では、この   結合を  結合へと変換する際に、エネルギーを大幅に過大評価してしまう傾向があります(大きいもので約 9 kcal/mol)。例外として B3LYP では過小評価してしまいます。また、これらの  結合の 結合への変換は基底関数のレベルにも大きく依存しています。

参考文献

  1. “Sources of Error in DFT Computations of C-C Bond Formation Thermochemistries: \pi arrow \sigma Transformations and Error Cancellation by DFT Methods”
    Susan N. Pieniazek, Fernando R. Clemente, and Kendall N. Houk Angew. Chem. Int. Ed. 2008, 47, 7746 –7749. DOI: 10.1002/anie.200801843
  2. “Complete basis set correlation energies. I. The asymptotic convergence of pair natural orbital expansions” M. R. Nyden, G. A. Petersson, J. Chem. Phys. 1981, 75, 1843– 1862. DOI: 10.1063/1.442208
  3. “A complete basis set model chemistry. II. Open‐shell systems and the total energies of the first‐row atoms” G. A. Petersson, M. A. Al-Laham, J. Chem. Phys. 1991, 94, 6081–6090. DOI: 10.1063/1.460447
  4. “A complete basis set model chemistry. III. The complete basis set‐quadratic configuration interaction family of methods” G. A. Petersson, T. Tensfeldt, J. A. Montgo-mery,Jr., J. Chem. Phys.1991, 94, 6091–6101. DOI: 10.1063/1.460448
  5. “A complete basis set model chemistry. IV. An improved atomic pair natural orbital method” J. A. Mont-gomery, Jr.,J. W. Ochterski, G. A. Petersson, J. Chem. Phys1994, 101, 5900–5909. DOI: 10.1063/1.467306

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