先日、Rh/Ru を用いた σ-bond activation に適した汎関数について紹介しました。
今回の記事では、実際に Rh を用いたインドール合成についての計算化学を用いた反応機構解析について書いてみたいと思います。
“Mechanism of Rh
Jason G. Harrison, Osvaldo Gutierrez, Navendu Jana, Tom G. Driver, and Dean J. Tantillo
J. Am. Chem. Soc., 2016, 138, 487–490. DOI: 10.1021/jacs.5b11427
問題提起
インドール合成は、ヘテロ環の構築や生理活性物質の合成において非常に重要であり、研究も盛んに行われ多種多様な手法が開発されてきました。
今回の論文では、Rh 触媒を使ったインドール合成法について注目して、反応機構解析が行われています。下図のような触媒サイクルで反応が進行するというメカニズムが受け入れられていますが、いくつかの点において完全には明らかになっていない部分があります。
- nitrene の生成過程?
- 閉環反応はペリ環状反応なのか?
- migratory preference はどのようにして決まるのか?
- それぞれの段階での触媒の効果は何なのか?
計算手法
今回の論文では、uM06-2X/6-31+G(d,p) で全て計算されています。Rh を含むステップについては、LANL2DZ を用いて構造最適化を行い、エネルギー計算では SDD を使用しています。。。
ここで疑問なのですが、Method のところで先日紹介した論文 (参考文献 2) を引用しているにもかかわらず、なぜ B3LYP-D3 や
もし理由がわかる方がいらっしゃいましたら、コメント欄または twitter、メールなどで教えていただければ幸いです。
結果
- ステップ 1 → 2 nitrenoidの生成
最初の が脱離して nitrenoid が生成するステップですが、Rh がある場合とない場合について計算が行われました。Rh がある場合だと 20.5 kcal /mol の活性化エネルギーで反応が進行するのに対して、Rh がない場合では活性化エネルギーが 13 kcal/mol も高くなってしまっています。この段階では、 Rh は確かに触媒として機能しています。 - ステップ 2 → 3 electrocyclization
下図 に示してあるように、triplet の状態では中間体 2 の方に傾いていますが、singlet の状態になると電子環状反応により速やかに中間体 3 が生成します。
- ステップ 3 → 5 [1,5] sigmatropic shift
今回、ホモリティックに結合が開裂するラジカル反応の経路 (3 → 4 → 5) も計算されましたが、活性化エネルギーは 29.5 kcal/mol とかなり高めでした。一方、化合物 3 から化合物 5 へのシグマトロピー転移は、ニトロ基が転移する場合は 12.1 kcal/mol、水素が転移する場合は 26.0 kcal/mol と実験結果とも良い一致を示していました。今回の論文では、Rh 触媒の役割を明らかにするためにさらなる計算が行われました。CO CH を官能基として持つ基質の場合、Rh 存在下では CO CH が転移する一方で、Rh 非存在下では水素が転移するという計算結果が得られました。実験結果では水素が転移した生成物が得られていますので、転移反応には Rh 触媒が転移反応に関わっていないことが示唆されました。他にも CN, CF , CHO, CH などの官能基の場合について検討が行われましたが、その他の官能基では Rh 存在の有無で選択性が変わるということはありませんでした。著者である Driver らの過去の研究では官能基の電子求引性が migratory preference を決めているということでした。すなわち、遷移状態のエネルギーの高さはカルボカチオンの安定性に関わっているようです。転移しないという計算結果が得られた電子求引基の場合 (CN) では、転移反応の遷移状態の分子軌道を見ると、環の上下にある非局在化した 系が欠如している傾向があり、二次軌道相互作用がないように見受けられました。一方で転移する電子求引基では、遷移状態において 系との二次軌道相互作用により活性化障壁を低下させることが示唆されました(論文 SI の図)。
まとめ
- azide と Rh 触媒の錯形成
- 律速段階 N
の脱離 - 電子環状反応
- 触媒の脱離
- 協奏的な [1s,5s]-転移
- 脱水素
ステップ 2 では Rh 触媒は必要ですが、ステップ 5 では必ずしも必要ではありません。特に CO
今回の記事では省略しましたが、実際に著者らは化合物 3 に対応する種々の官能基を持った基質を作成し、官能基の転移能について実験結果と計算結果の照らし合わせを行っています。
実際に実験する前にあらかじめ複数の官能基での反応性の違いの検討を行うことができたり、分子軌道を可視化・数値化して解析できる、といった計算化学の長所を活かした研究だと思い紹介しました。
記事中に間違い等ある場合は、コメント欄、twitter またはメールにてお知らせいただけると幸いです。
参考文献
- “Mechanism of Rh2(II)-Catalyzed Indole Formation: The Catalyst Does Not Control Product Selectivity”
Jason G. Harrison, Osvaldo Gutierrez, Navendu Jana, Tom G. Driver, and Dean J. Tantillo
J. Am. Chem. Soc., 2016, 138, 487–490. DOI: 10.1021/jacs.5b11427 - “Comparative Assessment of DFT Performances in Ru- and Rh- Promoted σ‐Bond Activations”
Yuanyuan Sun, Lianrui Hu, and Hui Chen, J. Chem. Theory Comput. 2015, 11, 1428−1438.
DOI: 10.1021/ct5009119
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