以前の記事: “計算化学での非共有結合相互作用 (NCI)” で触れましたが、計算化学の強みの一つとして分子間相互作用のエネルギーを定量化できることがあげられます。
しかし、分子間相互作用を適切な計算手法で計算し正しく解析することは容易ではありません。そこで今回は、計算化学を用いた有機分子の分子間力の解析について詳しく解説している本について紹介したいと思います。
内容
化学や生化学の種々の研究において重要である分子間力について詳細に解説している本です。
分子間力の種類から Ab initio 分子軌道法による解析までが体系的にまとめられています。
第1章では各種の分子間相互作用についての説明がされており、量子化学計算を行わない化学や生化学を専攻する学生にとっても非常に勉強になると思います。第3章では Ab initio 分子軌道法の計算精度について書かれており、種々の計算手法、基底関数系でのベンチマークが記載されています。
第4章から第8章までは各論的に分子間相互作用が解説されています。飽和炭化水素(第4章)、水素結合(第5章)、芳香族分子の相互作用(第6章)、イオンの相互作用(第7章)、フッ素の相互作用(第8章)、ハロゲン結合(第9章)。
本書は Ab initio 分子軌道法という語が書名に含まれていますが、第10章では DFT 計算についても触れられています。最後の第11章では力場パラメータについて書かれています。
著者:都築誠二(産業技術総合研究所上級主任研究員)
対象
大学4年生以上
有機化学と計算化学の両方の基礎を学んだ人
感想
計算化学をやったことのある人ならば誰でも経験があると思いますが、計算手法や基底関数系を変えただけで数 kcal/mol 程度のエネルギーは簡単に変わってしまいます。特に弱い相互作用を見積もる際にこのような問題が顕著に結果に影響してきます。
しかし、それぞれの相互作用の計算時にどの計算理論・基底関数系が適切かを判断するのは容易ではありません。本書では、用いる手法によりどの部分に影響が出るかを詳しく解説してます。本書を読めば、これからは適切な基底関数系を選択していけそうです!(その一方で、自分がこれまで行ってきた計算方法は不適切だったのではという微妙な気持ちにもさせられました。。。)無条件に Pople 系基底関数一択で計算をしている人は、本書を読めばきっと考えが少し変わると思います。
本書には、数種の計算手法や基底関数系での分子間相互作用の計算結果が記載されており、それに対しての解説もしっかりされています。ベンチマークとして参照するにも適しています。
最近、個人的に非常に問題だと感じているのが 相互作用 です。化学的バックグラウンドのあまりない生化学者などが、酵素活性部位にて芳香環を 2 つ見つけると無条件に stacking と決めてしまうような傾向が強いと感じています。X 線結晶構造の最適化時にも同様のことが起きると考えられます。しかし、本書にも書いてある通り 相互作用 には、ずれた平行配置、重なり配置、T 字型配置などがあります。どの配置が優先するかは、芳香環の電子状態によって変わります(置換基、ヘテロ環、多環性か?など)。大学等で \pi-\pi stacking について教える際には、これらのことも合わせて教えるべきだと考えています。
MD シミュレーションや ONIOM 計算の際に自分でデザインした化合物などを用いる際に、力場を自分で設定しなければならない時があると思います。そのような時に本書の第11章が参考になると思います。
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