酸化酵素の中でも P450 は、多彩な反応を触媒するため多くの研究者の注目を集めています。P450 を用いたエンジニアリングも盛んに行われており、最近ではカルベノイドやナイトレノイドを発生することのできる P450 も報告されています(参考文献 1,2)。
P450 の反応機構の詳細を解析する際に QM/MM を用いるのも良いとは思いますが、時間がかかってしまい大変です。立体的な要因に起因する選択性などを考慮せずに反応性だけを計算したいのであれば、ヘムと軸配位子と基質だけを抜き出した Theozyme 計算で十分だと思います。
2016 年に Houk らが出した P450 の論文が非常に良い例になると思うので、少し紹介します。
“Mechanism of the P450-Catalyzed Oxidative Cyclization in the Biosynthesis of Griseofulvin”
Jessica M. Grandner Ralph A. Cacho Yi Tang & K. N. Houk
ACS Catal. 2016, 6, 4506−4511. DOI: 10.1021/acscatal.6b01068
概要
Griseofulvin は、抗ウィルス剤および抗ガン剤の可能性があるとされる抗真菌薬です。この天然物の生合成に関与する酵素は以前に決定されていましたが、P450(GsfF)が Griseofulvin B の重要な酸化的環化を触媒するメカニズムは未知のままでした。本研究では密度汎関数理論(DFT)を用いて、Griseofulvin のオキサスピロ構造を形成するこの酸化反応機構を決定しました。計算した結果、GsfF の反応機構ではエポキシ化よりもフェノール性水酸基の O–H abstraction の方が優先的に起こることがわかりました。
計算手法
全ての計算は gaussian09 で行われました。前述のように、ヘムと 軸配位子 Cys の部分構造と基質のみで計算が行われています。構造最適化の汎関数は B3LYP (UB3LYP)、基底関数は Fe は LANL2DZ、その他の原子には 6-31G(d) が用いられました。一点計算での汎関数は (U) B3LYP-D3 (BJ) 、基底関数は Fe は LANL2DZ、その他の原子には 6-31+G(d,p) が用いられました。また、一点計算の際には PCM で 水とクロロベンゼンの場合のそれぞれの溶媒効果が見積もられました。(構造最適化の際には PCM を使ってない???)クロロベンゼンは、酵素内部の環境を再現するために使われていると思います。
【参考】:ECP 有効内殻ポテンシャル
また、Robetta online server (http://robetta.bakerlab.org/) を使用して GsfF のホモロジーモデルを作成したようです。さらに、AutoDock Vina を用いてドッキングシミュレーションを行ったようです(どうせなら Docking も Rosetta ですれば良かったのでは。。。)。
【参考】:ドッキングシミュレーションのやり方【AutoDock vina】
内容
GsfF の反応機構としては、上図に示す 3 通りが考えられます。このうちどれがもっともらしいかを今回 DFT 計算で明らかにしています。計算結果のエネルギーダイヤグラムは、論文中の図を参照してください。今回は、O–H 引き抜きによってラジカルが発生する経路が有利なようです。
今回の記事では、論文の内容よりも計算に関するエラーについてもう少し説明したいと思います。
一点計算でよく生じるエラー
一点計算の問題点としてよく挙げられるのが、”活性化エネルギーが負になってしまう” ことです。今回の計算でも 10b-TS は 9b よりも低く、活性化エネルギーが -0.9 kcal/mol と負の値になってしまっています。
このようなエラーはよく生じることであり、あまり気にする必要はないのですが、共同研究者や査読者に指摘されてしまうことが時折あります。この論文で Houk は非常に良い言い訳を使っています。それは、
O−H abstraction from ring A via 10b-TS is essentially barrierless (ΔE⧧ = 2.3 kcal/mol from 9b in the quartet state),
というものです。essentially という単語が非常に重要でして、様々な場面で言い訳に使うことが出来ます。また、∆E ではきちんと正ということも示しています。
ついでに一点計算についての他のエラーについても触れておくと、”一点計算で汎関数を変更すると中間体構造の振動計算で虚振動が出てしまう” ことがあります。これは、振動というものが エネルギーダイヤグラムや PES 上でどのような意味を持っているかについて考えればすぐにわかることです。汎関数を変更すると PES の形状が変わってしまいます。つまり、異なる計算レベルで振動計算するというのは、PES の local minima ではない場所で振動計算していることになってしまうため、虚振動が出ても不思議ではありません。
【参考】: 虚振動とは?遷移状態とは?
また、一点計算の時にのみ PCM を加えると査読者に怒られることがあります。実際に試してみるとわかるのですが、PCM の有無によって TS の構造は変わります。stepwise だった反応が concerted になってしまったりもします。管理人は個人的には、構造最適化の段階から PCM を入れることをお勧めしています。しかし、今回の論文のように二種類の溶媒を検討している場合は難しいかもしれませんね。
【参考】: 協奏的?それとも段階的? 〜concerted or stepwise?〜
本題の P450 の計算からは外れてしまいましたが、一点計算にも注意が必要ということです。また、本論文で示されているように P450 の反応機構は Theozyme 計算で十分見積もることが可能です。
記事中に間違い等ある場合は、コメント欄、twitter またはメールにてお知らせいただけると幸いです。
参考文献
- Coelho, P. S.; Brustad, E. M.; Kannan, A.; Arnold, F. H. Science 2013, 339, 307.
- Brandenberg, O. F.; Fasan, R.; Arnold, F. H. Curr. Opin. Biotechnol. 2017, 47, 102.
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