遷移状態の自動探索に関する論文が Journal of chemical theory and computation に出ていましたので、簡単に紹介したいと思います。
著者を見ると Schrödinger の方が多いのですが、今後発売されることはあるのでしょうか?
“Automated Transition State Search and Its Application to Diverse Types of Organic Reactions”
Leif D. Jacobson, Art D. Bochevarov, Mark A. Watson, Thomas F. Hughes, David Rinaldo, Stephan Ehrlich, Thomas B. Steinbrecher, S. Vaitheeswaran, Dean M. Philipp, Mathew D. Halls & Richard A. Friesner
J. Chem. Theory Comput., Article ASAP, DOI: 10.1021/acs.jctc.7b00764
概要
遷移状態の探索は、機械論的調査、反応性および位置選択性の予測、および触媒設計に関連する複数種類の計算化学予測の中心にあります。しかし、実際に移行状態を発見するプロセスは多大なユーザ関与を必要とする複雑な多段階操作です。本論文では、セットアップのオーバーヘッドを最小限に抑えて、所定の基本反応の遷移状態を特定するように設計された高度に自動化されたワークフローが報告されています。ユーザーに要求される唯一の input は、単離された反応物および生成物の構造です。化学反応、分子力学、量子化学の分野の計算技術を組み合わせたシームレスなワークフローは、反応物中の原子と生成物との間の最も可能性の高い対応を自動的に見出し、遷移状態の推測を生成し、relaxing string 法と quadratic synchronous transit 法を用いて、最終的には反応化学結合と虚数振動周波数の解析と固有反応座標法による遷移状態の検証を行います。著者らのアプローチは、特定の反応タイプを対象とせず、training set にも依存しません。このことは、多種多様な反応タイプに一般的に適用可能であることを意味します。ワークフローは柔軟性が高く、精度の選択、理論のレベル、基礎セット、または溶媒和処理などの変更が可能です。成功した遷移状態は、関連する反応における遷移状態の推測を設定し、計算時間を節約し、成功の確率を高めるために使用することができます。この方法の有用性および性能は、有機化学、医薬品化学、および触媒研究に典型的な反応における遷移状態探索の応用例において実証されているそうです。特に、マイケル付加、水素引抜き反応、Diels Alder 反応、カルベン挿入、およびモリブデン錯体を含む酵素反応モデルへのコードの適用可能性が示されました。
計算手法
構造探索には B3LYP が使われています。基底関数系は、6-31G** または 6-31+G** です。
TS を求めた後には、M06-2X で一点計算を行ったようですが、必要あるのでしょうか?
本文中では、以下のように述べられています。
perform a single point calculation using a more accurate functional such as M06-2X along with a larger basis set
TS の探索には QST 法が使われています。
内容
すでに遷移状態自動探索プログラムはいくつも出ています。String 法などを基にしたこういう系の論文をよく見て思うのですが、原理としては、
1. 原子のナンバリングを基に反応物と生成物を重ね合わせる。
2. 各原子を直線的に動かして、中間構造をいくつか作る。
3. それぞれの中間構造を徐々に最適化して、なだらかな path を求める。
4. 遷移状態構造最適化
5. IRC 計算
というものだと思います。
反応途中でものすごく大きなコンフォメーション変化が起きる反応などでは、Opt=AddRedundant よりも有効な探索方法である場合もありますが、うまく行かない系もいくつもあります。TS が出たと思っても実際に opt=ts してみると大きく構造が変わってしまったり、IRC で違う生成物に行き着いたりといったことはよくあります。
また、詳しくは述べませんが管理人の経験から言うと、構造ベースで TS を探索していくと TS は出ても立体選択性が実験結果と合わないということが時々あります。こういう時、有機化学の知識がないユーザーだと、明らかに立体選択性がおかしいのに “遷移状態が求められた!” と勘違いしてしまうのですよね。。。
今回の論文中で取り上げられている例は非常に簡単な反応で、大きな構造変化を伴わないものばかりです。手動で TS を出そうとしても 1 日で終わると思います。。。
自動探索の論文では、「手動でも簡単に TS が求められるものを自動化して研究時間の節約をする」ことを目指しているのか、「手動では求めるのが難しい TS を機械にやらせる」ことを目指しているのか、どちらを目的としているのかが重要だと思っています。今回の論文が目指しているのは明らかに前者だと思います。。。
Link1 コマンドを用いた マルチ・ステップ・ジョブ でもそうなのですが、このような多段階ジョブは成功した時は良いのですが、失敗した時は非常に時間の無駄です。自動で IRC 投げてくれる機能とかいらないと思います。全て終わったあとで望みの構造と違っていることに気づいたら、最初から全てやり直さないといけません。手動でやっていれば虚振動のベクトルみただけで気づけていたかもしれません。。。
個人的な意見としては、こういう自動探索プログラムは手動でたくさん TS を出してきた人が使うべきものであり、初心者が使うべきものではないと思っています。
実験と同じですね。
記事中に間違い等ある場合は、コメント欄、twitter またはメールにてお知らせいただけると幸いです。
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