不正を犯した研究者のためのリハビリプログラム

昨年、論文不正で非常に話題になった東京大学の渡邊嘉典元教授が、イギリスのクリック研究所で不正研究者のためのリハビリプログラムに参加し、復帰を目指しているようです。

Nature News に出ていましたので、簡単に意訳してみました。
Nature 557, 288-289 (2018)
DOI: 10.1038/d41586-018-05139-4

意訳

論文不正により今年 2 月に東京大学を退職し、先月懲戒解雇が決定した細胞生物学者の渡邉義憲元教授は、ロンドンのノーベル賞受賞者である Paul Nurse との集中的な再訓練プログラムによって、過去の過ちを乗り越えようとしているそうです。

染色体生物学で画期的な研究を行い、その名のもとに印象的な科学的成果を残している渡辺は、4 月 16 日に Nurse の研究所に到着しました。渡邉氏は、「このプログラムはデータの収集と発表に焦点を当て、実験も含む」と述べています。 「この再訓練期間の後、私は自身の研究キャリアを続けるためにどこかでポストを見つけたいと願っています。」渡辺氏は、科学の論文で間違いを犯したとネイチャーに語ったが、彼は「意図的に欺くつもりはなく、これらの誤りは重大な不正行為にはならないと考えている」と語りました。

道を誤った科学者を再訓練するプログラムは稀です。ミズーリ州セントルイスのワシントン大学の倫理学者、James DuBois が米国リサーチ・インテグリティ・オフィスの支援を受けて実施したリハビリ活動では、2013 年から 2017 年の間に 61 名の研究者を訓練しました。プログラムの参加者は一般にケアレス・ミスをした人、適切な監視をしていなかった人、人間の研究参加者、動物の福祉または利益相反の宣言の取り扱いに関する方針を遵守していなかった人でした。しかし、リハビリテーションの参加者の中には、渡邉氏のようにデータを操作していると非難されている悪質な人はほとんどいませんでした。

Second Chance

1990年代にポスドク研究員だった時の渡辺氏を指導した Nurse は、生物学者が自分自身の罪を償う機会があるべきだと考えているようです。ロンドンのフランシス・クリック研究所(Francis Crick Institute)の細胞生物学者、ディレクターでもある Nurse は「研究コミュニティや研究機関は、このような場合にリハビリを扱う方法についてもっと考える必要があります。」とコメントしましたが、再訓練プログラムについてさらにコメントすることは拒否しました。研究所の広報担当者は、「クリック研究所が正式に行っているプログラムではなく、Paul Nurse 氏が、(個人的に)渡邉氏に再訓練の機会を与えることで合意しただけだ」と。

クリック研究所の細胞分裂研究者である Frank Uhlmann 氏は渡邉氏の再訓練プログラムでアドバイスを送っています。彼は、クリック研究所で渡辺氏が行う実験では、自動画像取得と分析ツールを使用し、二重盲検ラボのセットアップによって、どのデータがテストでどのデータがコントロールかを実験者から隠すべきと提案しました。渡辺氏は Nature に、これをやろうとしていると語りました。

英国エジンバラ大学の細胞生物学者 Bill Earnshaw は、Nurse が渡辺にチャンスを与えてくれることを嬉しく思っているそうです。 「しかし、これが成功するかどうかは分からない。これについて前例がないことを知っている。I am supportive and cautiously optimistic」と彼は語りました。

渡邉氏は、クリック研究所での再訓練の機会に興奮していると言いますが、新しい研究ポジションを確保することは難しいと考えています。

A promissing Career

渡邉氏の実験は、30年以上のキャリアを経て、細胞が分裂する際にどのようにタンパク質が染色体の分離を推進するかという科学者の理解の基盤を形成し続けています。サンディエゴ校の細胞生物学者、アルシャッド・デサイ(Arshad Desai)は、「彼の主な発見は正しい影響力を持っています。」と語りました。

しかし、昨年 8 月、東京大学は、渡邉氏の論文のうち 5 枚に画像の不正操作があり、科学的な不正行為につながるデータセットを不適切に使用していたと発表しました。これらの論文の 1 つはその後取り下げられ、2 つは修正されています。渡邉氏によれば、他の 2 報も修正中とのことです。 9 件の他の論文に関して、大学の別の調査では、不正行為の兆候は見られなかったそうです。

渡邉氏は同大学の捜査に対して「写真のコントラストと元の画像ファイルの問題」と伝えたそうです。しかし、彼は、「意図的に欺くつもりはなく、指摘された問題点が論文の主な結論に影響を与えない」と言います。渡辺氏は今年 2 月 28 日に大学を辞任しましたが、4 月に懲戒解雇処分を言い渡されました。これは、彼が退職金を受け取ることができないことを意味します。

渡邉氏の多くの同僚は、彼は償いをする機会を与えられるに値すると考えています。メリーランド州ベテスダの米国国立がん研究所(National Cancer Institute)の分子生物学者 Julia Cooper は、データ操作は決して受け入れられないと語っていますが、「制裁が過酷で、不正行為の程度に比例していないと考えている。渡邉氏はもう一度チャンスを得るべきだ」と言っています。

Nature が接触した何人かの人々は、記事にされたくないために、取材を断りました。しかし、ほとんどの人が Nurse の判断を信じています。 「もし Nurse が渡邉氏のリハビリテーションを促したら、渡邉氏が科学に復帰できるようになるだろうと思う」とある研究者は語りました。別の人は「渡邉氏の再訓練が成功することを期待している。」と言いました。

渡邉氏のリハビリプログラムをデザインしたにも関わらず、Uhlmann は「うまくいくかわかりません。」と言う。彼は渡邉氏の再訓練への意欲を認めているが、「全部終わった時になって初めて彼の心はどこで、彼の口がどこにあるのかが分かる」と言いました。

渡邉氏は、意欲的に訓練に着手して間違いを犯したことを認めようとすることは、彼がやり方を変えようとしているという証拠であると強調している。

渡邉氏の研究室の元ポスドクで、現在 Virginia Tech の Blacksburg の細胞生物学者である Silke Hauf 氏は、「渡邉氏はチャンスをもらうに値するが、再訓練後も彼のキャリアを取り戻すのに苦労する可能性が高い」と話します。 「教育機関は、違法行為を促すように見せたいとは思っていない(ため、彼が職を得るのは難しいだろう)」しかし、「人々に間違いを是正できるようにすることは、科学文化の一部でなければならない」と語りました。



感想

管理人は全くの分野外なので、今回の研究不正がどの程度のレベルだったのか全く知りません。でも、この記事中に出てくる人たちの語りぶりを見るとそんなに重大な不正ではないという印象を受けましたが、実際のところどうなんでしょう??

過ちを犯した人間の社会復帰のためのリハビリ支援プログラムには賛成ですが、不正を犯した研究者が “PI” として研究に復帰するのには納得できません。

前例がないことですので、リハビリプログラムの完了後にどのような形で復帰するのかは分かりませんが、不正を行うことのできない何らかのポジションで社会復帰させるのが良いのではないでしょうか?納得しない人も多いとは思いますが、優秀な人材であることに変わりはないので、再教育して何らかの形で復帰してもらう仕組み(不正研究者のためのリハビリプログラム)を整える方が社会全体としては有益な感じがします。

一つ気になるのは、彼の研究室にいた他のメンバーのことです。教授だけセカンドチャンスがもらえて、残りのメンバーが救済されないというのは、可哀想な気がします。。。(実際のところどうなっているのか知りませんが。)

記事中に間違い等ある場合は、コメント欄、twitter またはメールにてお知らせいただけると幸いです。

参考文献

  1. Sacked Japanese biologist gets chance to retrain at Crick institute
    Nature 557, 288-289 (2018)
    DOI: 10.1038/d41586-018-05139-4

関連する記事

One comment

  1. 渡邊元教授の消息は非常に気掛かりにしていたので・・彼が復活を求めて・・新たな挑戦に挑んでいると知って大変安心すると同時に・・是非成功させて欲しいと熱望します。
    息抜きが必要なら・・僕のコラムでお喋りしましょう。
    ペルドン

コメントを残す(投稿者名のみ必須)