一般に化学反応において副生成物が得られる場合、主生成物が得られる経路とは別の反応経路により生成すると考えます。すなわち、共通の原料から異なる遷移状態を経てそれぞれの生成物へと枝分かれしていくと。。。
しかし、共通の遷移状態を経て異なる生成物へと至るケースも知られています。
今回の記事では、Rh の C-H 挿入反応についての新知見を明らかにした論文を紹介したいと思います。
“Cryptic Post-Transition State Bifurcations that Reduce the
Efficiency of Lactone-Forming Rh-Carbenoid C–H Insertions”
Stephanie R. Harea and Dean J. Tantillo
Chem. Sci. 2016, in press. DOI: not available
Post-Transition State Bifurcation とは?
遷移状態とは、ある反応物とある生成物を結ぶ minimum energy path (MEP) 上で、もっともエネルギーが高い点です。しかし、この遷移状態は、二つまたはそれ以上の経路により共有されてしまう場合があります。このように共通の”遷移状態”を経由して異なる生成物へと分岐する現象を Post-Transition State Bifurcation (PTSB)と呼びます。また、遷移状態後に枝分かれする点を valley-ridge inflection (VRI) point と呼びます。初期の頃、PTSB として報告された反応は、単純な異性化や転移反応、付加反応などでした。しかし、近年では複雑な化学反応でも PTSB が報告されてきています。計算手法の発達と相まって、近年非常に注目を集めており総説も出ています。
実験結果と計算結果の食い違い
今回紹介する論文では、1990 年に Lee らによって報告された Rh 触媒を用いたラクトン形成の反応(参考文献 4 )の計算を行っています。本論文の著者らは一般的に広く受け入れられているラクトン生成反応機構に基づいて計算を行い、β-lacton、γ-lactone 生成にそれぞれ対応する遷移状態構造 (TSSs) を得ました。しかし、その遷移状態構造のエネルギーを比較すると文献で報告されている生成比に一致しませんでした。さらに、β-lacton 形成の遷移状態構造 (β-TS1) からIRC 計算を行ったところ化合物が分解してしまう経路であることがわかり、生成物としてケトン (4-tBu cyclohexanone) と ケテン (3-oxoacrylate) が得られました。ここで、著者らは[2+2]cyclocddition により β-lacton が生成する可能性も検討しましたが、活性化エネルギーが約 50 kcal/mol と非常に高く、実験条件下(室温、15 時間)では反応が進行しないことがわかりました。Rh がケトンやケテンの酸素原子に配位する可能性も検討しましたが、活性化エネルギーは下がりませんでした。
通常であればこの時点で、求めた TS は望みの TS ではなかったと判断し、望みの TS の探索をさらに続けると思うのですが、本論文の著者らは違いました。分解物が再度反応して lacton 環が形成されるのではなく、PTSB により分解物へ至る経路と β-lacton が生成している経路の二つが存在すると予想したのです!
著者らはPTSB の可能性を考え、注意深く先行論文の table を再度見返すと、foot note に分解物が検出された旨が書かれていることに気づきました。そう、計算によって得られた分解物、 ケトン (4-tBu cyclohexanone) でした。
このことより、著者らは自身の求めた TS は正しいかったことと、この反応には PTSB が関係していることに確信を深めたようです。
Rh の C-H 挿入反応では PTSB は一般的か?
これまで、PTSB は Au 触媒を用いた複数の反応で報告されています。ここで疑問になるのは、Rh を用いた他の反応でも PTSB が起こるのかということです。
著者らは、他の Rh を用いた C-H 挿入反応においても PTSB が関連していると述べています。実際に本論文中では別の Rh を用いたラクトン形成反応についても計算しており、PTSB が関与していることを示しています。
PTSB の求め方
PTSB の計算において問題となるのは、その求め方です。通常の IRC 計算では PTSB に気がつくことは困難です。実験結果との照らし合わせにより気づくという場合も多くあります。
Kendall Houk らのグループが報告した手法は、TS から生成物へと至る全ての点において振動計算をし、虚振動が生じる点(VRI point)を見つけるというものです。この手法に関しては、Donald Truhlar らのグループから便利なソフトウェアが配布されています。
本記事で紹介した手法では、TS から生成物へと至る点において MD により複数の配座を発生させ、それぞれ計算するというものでした。特に、TS のコンフォメーションが IRC 計算に影響を与えるようです。また、 IRC path の “shoulder” に対して MD 計算を行うことにより VRI point を発見できるかもしれないそうです。
最新版の GRRM を用いても PTSB を発見できるそうですが、筆者は使用したことがありません(参考文献)。この手法に関しては、どの程度時間がかかるのか?大きい分子にも適用可能か?などの点が気になります。
参考文献
- “Intrinsic Reaction Coordinate: Calculation, Bifurcation, andAutomated Search” DOI: 10.1002/qua.24757
- “An algorithm for the location of branching points on reaction paths” J. Baker and P. M. W. Gill, J. Comput. Chem., 1988, 9, 465.
- “Bifurcations on Potential Energy Surfaces of Organic Reactions” Angew. Chem. Int. Ed. 2008, 47, 7592–7601. DOI: 10.1002/anie.200800918
- “Selectivity in the lactone formation via C-H insertion reaction of diazomalonates” E. J. Lee, K. Woon and K. Y. Seong, Tetrahedron Lett., 1990, 31, 1023–1026. DOI: 10.1016/S0040-4039(00)94420-4